日本の世界遺産



日本の「世界遺産」の一つの見方

 世界遺産は、「過去から引き継ぎ未来へ伝えるべき人類共通の遺産」であると同時に、国民の誇りでもあります。私たちは、その遺産を目前にする時、今日まで引き継がれている「悠久の営み」に思い至り、同時に「無二の存在」「顕著な存在」としてもはや今日では創造することは不可能なその超価値にも感動するのではないでしょうか。
 殊に有形の文化遺産について、その形ある物としたのは、往々にして時の強力な権力でした。その遺産の放つエネルギー、力は、権力の集中度と見ることもでます。
 そう思うと、世界遺産の見方も少し変わってくるのではないでしょうか。権力の行使がどのようであったかはともかく、世界遺産を構成する資産そのものを創造したのは、多くの名も知らぬ民衆の手と知恵と情熱であったろうことは想像に難くありません。そうした遺産を前にして、時を越えた作り手の思いを受け止めることができれば、引き継がれてきた遺産への感謝となり、胸中には携わった民衆への畏敬の念がふつふつとわき起こるのではないでしょうか。
 一方、自然遺産については、日本人が地球規模でみれば大陸の辺境の島にあって、周囲を海洋に囲まれ、明瞭な四季のある温暖湿潤な気候地帯にあり、多様な動植物の生命が活きやすい自然環境(=自然豊か)に暮らしていることを再認識する必要があります。地球上にこうした環境のある地域は決して多くはありません。日本人が当たり前と思ってきた環境は、地球規模では極めて恵まれたそれであるといって過言ではありません。いわば「箱庭」のような国土に住み続けて来たことが、良きにつけ悪しきにつけ今の日本を形成してきたと言えます。
 とりわけ、地球誕生以来どこの大陸ともつながったことのない小笠原諸島は、狭い陸域内で独自の発達を遂げてきた動植物達の展示場と評されてもいます。従ってフラスコの中で純粋培養してできたようなその環境は、外来生物には対抗できない繊細なものです。
 ユネスコの世界遺産に登録されることで、日本を改めて認識する契機となることは幸運なことです。同時に、未来へ引き継ぐのは現代に活きる私たちしかいないことを強く思う次第です。


文責 山ア みどり






日本の世界遺産


法隆寺地域の仏教建造物 (1993年12月登録)  法隆寺の建造物群は、仏教の伝来に伴い直後にできた仏教建築物が木造建築としての構造・配置共に優れ、中国文化への順応を経て日本独特の様式を確立した代表的な例として世界遺産に登録された。これらの建造物を建築した聖徳太子による仏教奨励も、日本への仏教浸透に貢献し建造物群の特徴を示した。
・法隆寺 ・法起寺

姫路城 (1993年12月登録)  姫路城はその美的完成度が我が国の木造建築の最高の位置にあり、世界的にも他に類のない優れたものであること。17世紀初頭の城郭建築の最盛期に、天守群を中心に、櫓、門、土塀等の建造物や石垣、堀などの土木建築物が良好に保存され、防御に工夫した日本独自の城郭の構造を最もよく示した城であることが評価され、世界遺産に登録された。
・姫路城

屋久島 (1993年12月登録)  屋久島は、自然の美しさと共に、特に標高による連続植生、植生遷移や暖温帯の生態系の変遷等の研究における重要性を持つこと、ヤクスギを含む生態系の特異な景観を持つことなどの特徴が、学術的に大きな価値をもつものとして評価され、自然遺産に登録された。
・屋久島

白神山地 (1993年12月登録)  人為の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が東アジア最大級の規模で分布しており、その価値は地球的に見ても極めて重要であると評価される。一帯には多種多様な植物が生育し、白神山地全体が森林博物館的景観を呈している。
・白神岳 ・二ツ森 ・津軽峠 ・白神ライン ・暗門の滝

古都京都の文化財 (1994年12月登録)  19世紀中ごろまで日本の都として機能していた悠久の都、京都。時代の荒波にほんろうされながらも、再建をくり返して保存され、現在も日本文化の象徴として守られている。京都市、宇治市、滋賀県大津市に存在する日本を代表する神社や寺院等17ヶ所が登録。
・賀茂別雷神社(上賀茂神社) ・賀茂御祖神社(下鴨神社) ・教王護国寺(東寺) ・清水寺 ・延暦寺 ・醍醐寺 ・仁和寺 ・平等院 ・宇治上神社 ・高山寺 ・西芳寺(苔寺) ・天龍寺 ・鹿苑寺(金閣寺) ・慈照寺(銀閣寺) ・龍安寺 ・本願寺(西本願寺) ・二条城

白川郷・五箇山の合掌造り集落 (1995年12月登録)  叉首と呼ぶ材を合掌形に組んで棟木を支える構造を持ち、急勾配の茅葺屋根が印象的な合掌造りは、豪雪地域という厳しい自然環境とこの地の伝統的な生活文化によって生まれた。世界遺産に登録された現在も生活の場となっている珍しい地域。
・白川村萩町 ・平村相倉 ・上平村菅沼

原爆ドーム (1996年12月登録)  1913年に広島県物産陳列館として建てられたこの建物は、以後県市の産業振興の拠点として利用されていた。1945年(昭和20年)8月6日広島市へ原子爆弾が投下され、爆心地近くにあったこの建物は中央のドーム部分だけは全壊を免れ、枠組みと外壁を中心に残存した。以後関係各国、日本政府、被爆者やその支援者たちの思いを将来へ託すべきものとして永久保存することとなった。唯一の被爆国として世界平和と戦争の放棄の象徴の普遍的な意味を評価されて世界遺産に登録された。
・原爆ドーム

厳島神社 (1996年12月登録)  厳島神社は12世紀、平清盛によって壮麗な社殿群の基本が形成された。この社殿群の構成は、平安時代の寝殿造りの様式を取り入れ、また、海上に立地し、背景の山容と一体となった建造物群からなり、その景観は、その後の日本人の美意識の一基準となった。現在までその様式がほぼ残されている貴重な資産である。
・厳島神社

古都奈良の文化財 (1998年12月登録)  平城京との関わりを深く持ち、隆盛した往時の面影を今も伝えている資産群。中国大陸や朝鮮半島との文化的交流を示す建造物や宝物も数多い。登録されている8件は個別ではなく、全体で奈良時代の都市の様子を知ることができる貴重な史料として評価された。
・東大寺 ・興福寺 ・春日大社境内 ・春日山原始林 ・元興寺 ・薬師寺 ・唐招提寺 ・平城宮跡

日光の社寺 (1999年12月登録)  日光山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた二荒山神社、徳川家康公の霊廟として伝統的な神社建築様式・権現造で建造され、当時最高水準の装飾が施されている東照宮、日光山の中心寺院で1200年以上の歴史を有する輪王寺から構成されている。
・二荒山神社 ・東照宮 ・輪王寺

琉球王国のグスク及び関連遺産群 (2000年12月登録)  琉球が統一国家へ歩み始めた14世紀後半から、王国が確立した18世紀末にかけて誕生した、琉球独自の特徴を表す文化遺産群。東南アジア、中国、朝鮮半島、日本と経済的政治的交流をもっていたことを示す、琉球王国の遺跡と文化的伝統を今に伝える遺産であること、自然崇拝、祖先崇拝という沖縄伝統の信仰形態を今日に伝えていることが評価され、世界遺産に登録された。
・今帰仁城跡 ・座喜味城跡 ・勝連城跡 ・中城城跡 ・首里城跡 ・園比屋武御嶽石門 ・玉陵 ・識名園 ・斎場御嶽

紀伊山地の霊場と参詣道@ (2004年7月登録)  紀伊山地は太古から神々が鎮座する場所として信じられ、千年以上前から仏教ではこの紀伊山地を仏の世界に見立て、山岳修行の場としてきた。「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」の山岳霊場と、それらをつなぐ「参詣道」は、日本全国から訪れる多くの参詣者により、独特の多様な文化の発展や交流を生み出した。現代に残るこの参詣道と周りを取り巻く文化的な景観が世界遺産に登録された。今回は熊野三山、熊野参詣道を訪ねる。
・熊野本宮大社 ・熊野速玉大社 ・熊野那智大社 ・熊野参詣道(小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路) ・青岸渡寺 ・那智大滝 ・那智原始林 ・補蛇洛山寺

紀伊山地の霊場と参詣道A (2004年7月登録)  今回は紀伊山地の霊場の「吉野・大峯」、「高野山」を訪ねる。役行者ゆかりの大峰は全国にある山岳霊場のモデル。高野山は標高1000mの山々の総称で、弘法大師の修行の場となって高野山真言宗が開かれ、仏教の聖地となった。高野山町石道は高野山への道標として建てられた石柱が1町(約109m)ごとに「町石(ちょういし)」と呼ばれる高さ約3m程の五輪卒塔婆形の石柱が続き、現在その8割が残っているとされる。
・吉野山 ・吉野水分神社 ・金峯神社 ・金峯山寺 ・吉水神社 ・大峰山寺 ・丹生都比売神社 ・金剛峯寺 ・慈尊院 ・丹生官省符神社 ・大峰奥駈道 ・高野山町石道

知 床 (2005年7月登録)  知床の語源は、アイヌ語で地の果てを意味する「シリエトク」。北半球で流氷接岸する最南端の地であり、陸から海へとつながる生態系が顕著に見られること、希少な動植物の生息地域となっていることから世界遺産に登録された。
・知床岬 ・羅臼岳 ・硫黄山 ・知床岳 ・知床五湖 ・岩尾別海岸 ・オシンコシンの滝 ・オロンコ岩 ・夕日台 ・ブユニ岬 ・フレベの滝 ・知床峠 ・カムイワッカ湯の滝

石見銀山遺跡とその文化的景観 (2007年6月登録)  戦国時代終わりから江戸時代の初めの頃までの間、現在の島根県大田市大森町を中心として、仁摩町、温泉津町にまで鉱脈が広がる日本でも最大級の銀山だった石見銀山は、日本の近代化や産業の発展にも大きな貢献をした産業遺産として、世界遺産に登録された。1969年には日本を代表する鉱山遺跡として、国指定の史跡に登録されている。
・銀山柵内 ・代官所跡 ・矢滝城跡 ・矢筈城跡 ・石見城跡 ・大森銀山重要伝統的建造物群保存地区 ・宮ノ前 ・熊谷家住宅 ・羅漢寺五百羅漢 ・石見銀山街道鞆ケ浦道 ・石見銀山街道温泉津/沖泊道 ・鞆ケ浦 ・沖泊 ・温泉津重要伝統的建造物群保存地区

平泉‐仏国土を表す建築・庭園・考古学的遺跡群 (2011年6月登録)  平安時代末期に奥州藤原氏が拠点とした平泉。造営された多様な寺院、庭園及び遺跡は一群として保存され、海外から影響を受けつつ日本で独自の発展を遂げた平泉の理想世界の表現は、他に例のない貴重な遺産として評価されている。
・中尊寺 ・毛越寺 ・観自在王院跡 ・無量光院跡 ・金鶏山

小笠原諸島 (2011年6月登録)  小さな海洋島小笠原諸島では、多くの固有の生きものや、それらが織りなす生態系を見ることができる。環境の違いでカタツムリの形や色が変化したり、植物が草から樹木変化したり雌雄が分かれるなど、異なる環境に適応する進化の過程は、生物の進化を示す典型的な見本として、小笠原諸島が世界的な価値を持つことが認められ世界遺産に登録された。
・父島 ・母島

富士山‐信仰の対象と芸術の源泉 (2013年6月登録)  神聖で荘厳な姿の富士山は、山頂への登拝や山麓の霊地への巡礼を通じて、富士山を居処とする神仏の霊力を獲得し、自らの擬死再生を求めるという独特の富士山信仰を育み、また多くの芸術作品にも取り上げられてきた。この信仰の対象・芸術の源泉である富士山の景観は、日本と日本の文化を象徴する「名山」として普遍的な価値を有することが評価され世界遺産に登録された。
・富士山域(山頂の信仰遺跡群/大宮・村山口登山道/須山口登山道/須走口登山道/吉田口登山道/北口本宮冨士浅間神社/西湖/精進湖/本栖湖) ・富士山本宮浅間大社 ・山宮浅間神社 ・村山浅間神社 ・須山浅間神社 ・冨士浅間神社(須走浅間神社) ・河口浅間神社 ・冨士御室浅間神社 ・御師住宅(旧外川家住宅/小佐野家住宅) ・山中湖 ・河口湖 ・忍野八海(出口池/お釜池/底抜池/銚子池/湧池/濁池/鏡池/菖蒲池) ・船津胎内樹型 ・吉田胎内樹型 ・人穴富士講遺跡 ・白糸ノ滝 ・三保松原

富岡製糸場と絹産業遺産群 (2014年6月登録)  富岡周辺地域で長年培われてきた養蚕業が、新政府の殖産興業政策と、当時の世界的な生糸市場の変化の波に洗われ、日本で何もかも初めてづくしの製糸場として生まれ変わった。それは外国人による綿密な調査を経て、従来行われてきた養蚕技術と生糸生産のシステムに西洋の技術が加わり改良された革新的な大規模製糸工場群であった。19世紀後半から20世紀にかけて世界の絹産業を牽引した工場が、1987(昭和62)年閉業後も最後の所有者片倉工業によっておおむね当時の形を残してきたことは極めて貴重である。
・富岡製糸場 ・田島弥平旧宅 ・高山社跡 ・荒船風穴

明治日本の産業革命遺産 (2015年7月登録)  西洋先進諸国からの積極的な技術導入により、短期間で飛躍的経済発展をもたらした産業遺産群は、九州を中心に全国8エリアに点在している。重工業分野における産業遺産としてはわが国初の登録であり、今も現役で稼働している施設もある。
・萩(山口県)萩反射炉/恵美須ヶ鼻造船所跡/大板山たたら製鉄遺跡/萩城下町/松下村塾 ・鹿児島(鹿児島県)旧集成館/寺山炭窯跡/関吉の疎水溝 ・韮山(静岡県)韮山反射炉 ・釜石(岩手県)橋野鉄鉱山・高炉跡 ・佐賀(佐賀県)三重津海軍所跡 ・長崎(長崎県)小菅修船場跡/三菱長崎造船所(第三船渠/ジャイアント・カンチレバークレーン/ 旧木型場/占勝閣)高島炭坑/端島炭坑/旧グラバー住宅 ・三池(熊本県)三池炭鉱・三池港/三角西(旧)港 ・八幡(福岡県)官営八幡製鉄所/遠賀川水源地ポンプ室

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