人の数ほど訳がある
私のウオーキング



 バスdeウオークでは、機会をとらえてウオーカーの皆さんに、ウオーキングを始めたきっかけ、続けている理由等の話を伺い、ご本人の了解をいただきその話をお知らせすることにしました。ウオーキングを始めたい、関心のある方々への参考になるのではと考えたからです。
 ウオーキングを実践している人それぞれに、それぞれの固有のお話があります。健康に良い何かをしようと思った、友人からお誘いを受けた、医者に運動を勧められた等を初めとし、皆さんの想定外の理由もあります。年代や性別を越えて必ず共感を持てる話もあると思います。
 ウオーキングの世界を、楽しくあるいは刻苦精励、肉体改造、地域探訪、気晴らし、自己解放、脳トレ・ボケ防止等々豊かで奥の深い世界にしている皆さんのお話をできる限り掲載していきたいと考えております。ご協力のほどをお願いいたします。
 投稿もお待ちしています。(修正等をさせていただく場合がありますので、ご了承ください)
投稿先アドレス:tabisenka@e-sampo.co.jp



●「頑張らないけどあきらめない」
 50代で何か体に良いことを、と思い友人の登山グループに参加、日本百名山を目指した。シーズンオフの冬季はウオーキングで足らなしを、と日本マーチングリーグの東松山、千倉、倉敷の大会に参加や、鎌倉、汽笛一声、山手線一周等を続けた。
 66歳の時、強度の不整脈の為失神し、ペースメーカーの植込み手術となり、登山はあきらめウオーキングに専念することとなった。
 頑張らないけどあきらめないウオークを続け、地方の大会での気分転換、東京圏の各地例会参加の外、銭湯イヤーラウンドで汗を流すなど、毎日歩き続けてウオーキングが生活の一部になっている。足は第二の心臓といわれているが。
 日々楽しく歩ければ健康寿命も延びるのではと思っている。(男性/83歳)


●「故障だらけでも、工夫してウオーキングを続けたい」
 低血圧だった私がいつの間にか高血圧に・・・。仕事を定年退職した後に体調不良に陥った。長年の疲れが出たということだが、そんなものだったのかしら。若さと自信で乗り切った多忙な仕事だったが、やはり後半生には色々な影響を被ることに・・・。特に体重が問題になったのは想定外。減量のために入院したこともあるが、その時は良くても、リバウンドしてしまう。とにかく悩みの種だった。
 そのこともあってリタイアしてからは色々なことをやってみた。時間と体重が、持て余しぎみとなってしまいそうだった。このまま家に籠っていては精神的にも肉体的にも却って良くないのは自分でもよくわかっているので、何か機会を見つけては外に出ようと心掛けてきた。ウオーキングは、時間を使うのには格好の運動。ついでに足腰にも良い。やりすぎて膝を痛めたこともある。体重のせいかもしれないけれど・・・。
 それでも自分なりに工夫して歩いている。そして前向きに考えることも重要と思う。体重は低位(高位?)安定、状況の変化をない限り維持しようと思っている。最近体操教室にも参加して、心なしか膝の痛みが軽くなっているようにも思う。(女性/76歳)


●「健康に良いだけではない、交流やつながりができる」
 好きなテニスで肩を壊してしまい嘆いていたところに、友人に誘われてかつての「国際スリーデーマーチ」(現在は東京フェスタ)に参加したのがきっかけです。五月の連休という緑際立つ季節が良かったのでしょうね。すぐにはまってしまいました。小金井公園周辺は坂がないのもよかったのかもしれません。私の住んでいる所は坂が多いので、平坦地を歩くのがうれしいというか、軽やかに歩ける気がしました。 でも個人的にもいろいろな活動をしているので、ウオーキングだけが私の健康に貢献しているとは思いません。
 ウオーキングの世界は海外の大会があることが、大きな魅力ですね。その国のリゾート地等で開催することが多いので、一般的な観光旅行ではなく、文字通り保養気分で風光明媚な道を歩いてきます。世界中から来た人々と、ウオーキングを通じて交流するのも楽しいです。もちろん国内の大会も同じなのですが、国内では歩く方に力点があって、距離をこなしていく、という感じがしています。もう少し、緩やかに歩けば心ももっと解放されて、交流の幅が広がるのではないかとも思っています。大会でのみお会いする方とも、それだけですが何か通じるものを感じてうれしい気持ちになります。(女性/75歳)


●「夫婦で始めた地域探訪がきっかけ」
 定年退職後、あらためて長年自分が住んできた町やその周辺について関心を持ったのが始まりです。高度経済成長期の真っただ中で仕事をしてきた誇りがありましたが、いざ職場から離れてみると、これから何が生きる支えになるのか考えていなかった自分がいました。長年支えてくれた妻と一緒にできることを探した時、たまたま隣町への10kmを歩く機会があり、歩いて巡るおもしろさを知りました。
 ウオーキングのこともその頃に知りました。講習会に参加したその時に距離や参加回数を認定してもらい数字が増えていくことのおもしろさに、一気呵成の意気込みがよみがえったのです。それからは、国内外の大会に行っては私流のウオーキングを重ね、20年近くが経ちました。夫婦でパリの端から端まで歩いて、パリは思いのほか小さいことを知ったのも今や良い思い出です。
 私なりに完成した便利なウオーキング用のパッケージをいつも携帯しながら、私自身の興味も満足させるウオーキングをしています。ただ歩くだけでは、せっかく見知らぬ町を訪れた意味がないでしょう。今は日本の武士道をもとめて城巡りをしています。
 最近体調を崩してウオーキングを止めようかとも思いましたが、知らない町が私を呼んでいるように思えて、体調に合わせて出かけています。ウオーキングには物見遊山を越えた奥深いものがあります。(男性/79歳)


●「やさしいお嫁さんと家族のおかげ」
 夫婦ともに仕事を退職した後、息子夫婦に呼ばれて地方から東京に住むことになりました。右も左もわからないまま、移住して半年たったころ新聞で「伊能ウオーク」のことを知り、夫婦で参加してみたのが始まりです。横浜から東京へのステージで、近い横浜に宿泊したり、服装がまるでなってなかったりなど、今思い出すと笑ってしまいます。
 その後に、お嫁さんがウオーキング大会のことを教えてくれて、本格的にウオーキングをするようになりました。初めの頃はやはり長い距離を歩きました。でも、今は腰を痛め、医者の言うことを聞いて短い10kmにしています。おもしろかったことや感動したことなどを自分のウオーキング日記を書いたりもしています。
 歩き始めるとどんどん歩きたくなるのが不思議。もともと身体を動かすのが好きだったせいもあるでしょう。お友達と話をするのも楽しみ。ほとんどが退職した人ばかりで、性別や年齢、前の仕事の役職なども関係なく、気楽に話ができる開放的な雰囲気が好きです。
 また、地方にいた時「東京へはスーツハイヒールでおしゃれして」と思っていたけれど、ウオーキングの世界は機能的な服装が一番。着易くてしかもカッコイイ。そうしたことも、長続きの理由かもしれません。たまに自分なりのおしゃれを楽しんでいます。
 地方にいるときは車に乗ってばかり、東京は電車やバスが充実していて便利ですが、歩いていろいろ発見したりの面白さも知りました。これも理解のある家族のおかげです。(女性 79歳)



●「ウオーキングがすべてではないけれど」
 比較的健康体と思っていましたが50歳ころにぜんそくを患ってしまいました。発作が起きると苦しくて苦しくて、藁をもすがる思いで色々な療法を行いました。救急車で運ばれたこともあります。
 退職後は発作が起きなければ普通に主婦をしていましたので、時間の使い方をいろいろ考えました。フラダンスや水泳などもしました。ウオーキングはそうしたなかの一つですが、あまり色々な装備も必要ないのでこれはいまも続いています。
 ぜんそくの発作が起きにくくなっているのかしらという自覚があります。対症療法で色々やったことが功を奏しているのかもしれません。昨年は心臓血管のバイパス手術もしましたが、今は普通に歩けています。ぜんそくや心臓の先生からは今まで通りに運動を続けた方が良いと言われています。家にじっとしているよりは、たまには外に出て友達にあって話をしたり、ウオーキングしたり、体と頭を使うことを心がけています。先日も例会の帰路を事前に調べて、バスを3つ乗り継いで帰ってきました。楽しいですね。(女性 72歳)


●「弱かった身体に自信がついた」
 若いころは体が弱く、仕事がきつかったこともあってこのままで行ったら30歳まで生きられるか自分でも自信がありませんでした。転勤して体への負担を軽くするようにしていましたが、早期退職を決断しました。もちろん生活に困らないように奥方に納得してもらい、それなりの努力もしました。
 現役で仕事をしている頃ある旅行に参加した時のこと、グループの中でもとりわけ元気な人がいて、その人がウオーキングをしていると言っていたのが耳に残ったのです。自分でも可能なのだろうかと思いながら、ウオーキングクラブへ入りました。
 以来20数年がたって、国内はもちろん海外へも出かけました。世界の歩けの祭典オランダ・ナイメーヘンへも。そこで3コース完歩。30.40.50kmを歩き、4日目50kmを歩いた時にギャラリーから「ブラボー」の声がかかった時は、汗と涙が混じった全身が達成感に満たされました。自分をほめました、「ヤッタネ!」と・・・。
 車やバイクなど自分でも運転して楽しかった思い出があります。今は運転免許を返納。自転車も卒業。日々好日、歩友と楽しい毎日を過ごしています。(鈴木聖万 73歳)